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角田光代『八日目の蝉』を読んで。「におい」が少し気になった。

八日目の蝉 (中公文庫)



本作は主に1章と2章の二つの章で語られる。0章も冒頭に付されているのだが、これは1章と同等に扱って構わないと思う。

粗筋をざっと記述しておこうと思う。
物語は主人公がとある夫婦の家に侵入するところから始まる。ある事情からその夫婦と子どもに深い思い入れのある女性が、その子どもを一目見ようと侵入するのだ。しかし、女性はその子供を見ているうちに感情を抑えきれなくなり、子どもを融解してします。彼女は様々なところを逃げ回る。友人の家に行き、不思議なおばさんの家に行き、女性だけで集団生活をしている施設に二年ばかり落ち着く。しかし、捜査の手が伸びてきて、彼女はその施設から逃げ出し、小豆島で暮らすことになる。はてさて、その後はどうなるか……。

二章は、一章を受けてその誘拐された赤ん坊が成人してからの話になる。赤ん坊だった女性は自分が誘拐されたことがあると知っており、そのことについて悩みを持っている。そこへノンフィクションライターの女が現れ、自分が誘拐された女と一緒に住んでいたところを回ることになる。


この小説で1章と2章、どちらに重点を置いて描かれているのかといえば、僕は二章の方だと思っている。というか、構造上2章は1章を受けた形でないと意味を持ちえない。だから、1章がある意味まくら的に見えてしまうせいかもしれない。

2章では、1章に出てきた誘拐された女のようにはなりたくないという気持ちが働く。しかし、物心がつき始めたころには母親だと思っていた人物から離れることはやはり苦しいことなのであろう。現代として描かれている主人公がそのようなことを思う描写はないが、回想の中で、それをにおわせるような描写が散見される。

夏目漱石の『こころ』は第三章以外はまくら的なもので、やはり三章が重要なのだと言う話をこの間聞いた。それと似たようなものだろうと勝手に考えている。

さて、僕らはきっと、この小説を読んで、自分が同じ立場に立ったらどういう行動をするだろうかと考えなければならない。きっと、そういう性質の小説なのだと思う。例えば、愛する人に別の女の子どもができたら? もしその子どもを攫ってしまったら? そして、捜査の手が伸びてきたら? あなたなら、どうするだろか。

また、誘拐された赤ん坊の立場に立つことも可能である。誘拐されたことによって、彼女は幸せな家庭で正しく育つことを阻害されてしまった。根本的に悪いのは、きっと犯人である。しかし、犯人だけが悪者なのではなく、家族にも悪いところがあるのだということに赤ん坊だった女性は気付いている。

結局、物事は善悪は割り切ることができず、だいたいの人間はしょうがなく悪いことをやってしまうことがあるのだという風にしかできないのだが、この小説には、それを再認識させる力がある。ああ、自分も同じ状況に立ったら、同じようなことをするのだろうか。それは嫌だけれど、けど、きっと同じことをするのだろう。そういう諦感が僕を包んだ。このような状況になくて、本当に良かったと思う。


ところで、僕はこの小説を読んでいて気になったことがある。
それは、「におい」である。
1章の主人公は、誘拐した後に逃げ込んだ老婦人の家がどこか奇妙なことに気付く。その奇妙さを引きずりながら、誘拐してきた子どものおしめを替える。その匂いに老婦人が過剰に反応するのを見て、あることに気付く。

 そうして気がついた。この家はにおいがまったくしないのだ。玄関を入っても廊下を進んでも、なんのにおいもしない。私が抱いたあのへんな感じは、そのせいだったのかもしれない。(p.49)

また、今度は誘拐された女の子薫の感覚として、次のようなことも語られる。

 車を降りて、あ、においがなんにもしない、と思った。ずっとかいていたにおいが、あのとき、ぱたりと消えてしまった。(p.220)

この他にも「におい」に関する記述が散見される。もちろん、小説の中ににおいの記述があっても別に構わないのだが、この小説では特ににおいというものにこだわって書いてあるような印象を受けた。まず、最初のにおいに関する記述が印象的だ。においがしないから、変な感じがする。これは僕らが生きるうえに置いて、さほど意識しないことではないだろうか。それなのに、においを引き合いにだしている。

詳しく考察することはしませんが、少し気になっているところではあります。文学における「におい」の意味というものを考えても面白そうですね。

八日目の蝉 (中公文庫)
角田 光代
中央公論新社 (2011-01-22)
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